どうしようもない競争の連続の中、確かに世界を彩るのは『心を通わせた人』の存在。

◆本の概要◆
 オードリー・若林さんによるキューバ旅行記。前作である『社会人大学人見知り学部 卒業見込』から約4年ぶりに刊行した、完全描き下しエッセイ。
 2016年夏、5日間の夏休みをもらった著者は、かねてからの念願であるキューバ旅行を計画する。

◆著者情報◆
名      前:若林 正恭(わかばやし まさやす)
コンビ名:オードリー(2000年結成)
相      方:春日 俊彰(かすが としあき)
デビュー:2000年

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

◆感想◆

①喜びと高揚を乗せて描かれるキューバの情景が鮮やか
 「あのインドアで食レポもリアクションも苦手だと言っていた若林さんが、行くところに行けばこんなに感情豊かになるんだ!」

 と、言うのが私の率直な感想です。
 若林さんと言えば、私の中では読書が好きなインドア派で、おいしいものや綺麗な景色で感情が動くことがあまりなく、海外旅行の様なお金持ちがする遊びには関心がない…というか、どちらかと言うと嫌厭している人というイメージがありました。
 しかし、この本の中での若林さんは、キューバで体験する事一つ一つにとてもストレートに感動し、ありのままに旅行を楽しんでいます。若林さんの目を通して見るキューバがとても活気に溢れてキラキラしているので、読んでいる私もとても楽しかったです。

 それは、単に楽しそうな若林さんにつられて自分も楽しくなったと言うよりは、若林さんが感じていた興奮、喜び、開放感…などの感情がこの本全体に充満していて、読んでいる間それが自分にも流れ込んできたと言った方が、本当に感じた感覚に近いかも知れません。
 まるで若林さんの感情が自分のことの様に感じる位、この本の中での若林さんは感情を自由に開放していて、いつもよりエネルギッシュに感じました。

 それは、若林さんにとって今回の旅が、ただ観光地を楽しむ以上の目的があったからだと思います。

 ここからは、この本を読んで私なりに解釈、要約したことを前提にお話しますが、ご了承下さいませ。
 少しでもオードリーのラジオを聞いたり、若林さんの著作を読んだりしたことがある人は何となく分かるかも知れませんが、若林さんは昔から「人生の成功度合いを他人と比較、競争させられ、それに勝つことで幸福を得ることが当たり前とされている世間」と「そういう世間に反発しつつも、結局は世間からの視線を気にしてしまう自意識過剰な自分」に悩み、疲れ果てていました。
 そして、自分がそんな風に悩む羽目になっているのは、神様や大宇宙の自然の法則の様な「自分の力が及ばない何か」が世界をその様に作り、自分はそういう世界で上手く生きられない人間に元々生まれついたからだ…と思っていた様です。

 ところが、MC仕事が増えてきたことを機に、家庭教師を付け歴史や政治経済について学んだことで、その悩みは氷解します。
 今まで散々競争させられてきたのは神様や大宇宙の自然の法則のせいではなく、資本主義と新自由主義の下での自由競争という『人間が作った社会の構造』のせいであった。そして、その限定されたシステムの中で幸せになるには性格の向き不向きがあって、自分はたまたま向いていないだけだった。

 それはつまり、『競争社会』というシステムを採用している国だけで適応される『競争で勝利するという形の幸せ』争奪戦に参加する気になれないからと言って気に病む必要はなく、別の国に行けば、それ以外の何かで幸せを得ている人も当然いて、『競争での勝利以外の幸福』を求める事も間違っていない、ということになります。

 積年の悩みの正体が分かって大歓喜した若林さんは、自分が得た答えをさらに強固なものにするためにも、日本とは違うシステムの国に行き、そこに住む人達の顔を見てみたい!という強い欲求を抱きます。
 ご本人曰く『ぼくが経験したことのないシステムの中で生きている人たちで、なおかつ陽気な国民性だといわれている国(表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬 P.33 10~11行目より引用)』。
 そこで、若林さんの頭に即座に浮かんだのが、キューバでした。

 単に陽気な南国を楽しく旅行するのではない、『競争社会での勝利とは違う幸福』を、全身で感じる為の逃避行。若林さんの心に長年巣食っていた悩みの完全解決がかかった実験。この旅は、そんな側面もあったようです。

 そして実際にキューバに行ってみると、その国の人々は日本とは全く違うシステムの中でも、明るく活気を持って生きていました。それはそのまま、『資本主義と新自由主義の下での自由競争』の外側でも幸せを得られる事を意味し、その内側で上手く生きられず悩み抜いてきた若林さんへの肯定でもあります。

 そんな若林さんにとってキューバで目にする情景は、表面的な明るさや陽気さという魅力以上の意味を持って、彼の目に鮮烈に焼き付いたのではないでしょうか。だからこそ、こんなにキラキラしていて魅力的なキューバを描き出すことができたのだと思います。


 実は私、旅行記を読むのは今回が初めてで、一般的にどんな内容なのか全く知識がありませんでした。てっきりTV番組の観光地ロケの様に、おすすめスポットやご当地グルメを紹介するといったお手軽で親しみやすい内容だとばかり思っていたのです。

 なので、最初に若林さんがキューバ旅行の本を出したと知った時は、勝手ながら、なんだからしくないな?と思いました。『社会人大学人見知り学部卒業見込み』では、あんなに内省して内省して煮詰めまくった自分の考えを本に書いてきた人が、「旅行楽しかったです!^^」っていうだけの本を書いたの?と。
 別に文句がある訳では無いのですが、私の若林さんに対するイメージと、旅行記と言うジャンルに対するイメージが結びつかず、正直一体どんな内容になるのか想像がつかなかったのです。

 しかし実際に読んでみると、やっぱり若林さんは若林さんでした。
 冒頭でも書いた通りいつもよりもテンションが高くて楽しそうではありつつも、キューバに行った理由もそこで考えることもやっぱり若林さんらしくて、あーなるほどこれが若林さんが書く旅行記なんだなと、なんだかとってもしっくり。

 前作を読んだ事のある身としては、異国の地を楽しむという新鮮な若林さんの姿と、そんな若林さんの目を通して見る、明るく強く美しいキューバ、そして、前作からお馴染の「自身の生きづらさ」や「幸福とは何か」と向き合う若林さんの思考など、若林さんの様々な面を楽しむことができて、とっても満足でした。


②どうしようもない競争の連続の中、確かに世界を彩るのは『心を通わせた人』の存在だった。
 さて、では積年の悩みの答えを強固にするために出発したこのキューバの旅で、若林さんの考えはどの様に変わっていったのでしょうか?

 最初にも書いた様に、日本の競争社会から逃れてきた若林さんは目に映るキューバの情景全てに感動し、癒されていきます。
 しかし一方、配給制度や住宅時事情など現実的な市民生活が垣間見える様なディープなキューバを覗いてみると、徐々に社会主義国の歪みも分かってきます。
 そして、三日目を終えた時点で、若林さんは次の様に述懐します。

 バーの会計を済ませると、屋上のテラスに上がりデッキチェアに寝そべった。夜景となったハバナの街を眺めながら「参ったな~」と呟いた。半ば、確信犯的にキューバの社会主義に癒されるつもりでやってきた。だが、その目論みは外れそうだ。日本の自由競争は機会の平等であり、結果の不平等だろう。キューバの社会主義は結果が平等になる事を目指していて、機会は不平等と言えるのかも知れない。
(中略)
 そして、日本を発つ前に新自由主義に競争させられていると思っていたが、もともと人間は競争したい生き物なのかもしれない。

『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬 (著:若林正恭)』
P.149 4行目~10行目より引用

 そんな思いを抱えながら迎えた最終日。当初から「最終日は一人で過ごす」と決めていた若林さんは、地元の人御用達のビーチでゆっくり過ごし、ホテルに戻って食事を済ませた後、特に行き先を決めずに散歩することにしました。
 キューバの街中を行きかう人々、立ち並ぶ家や道路の様子、におい、溢れる音楽…全身でキューバという国を感じながら、最後に若林さんはマレコン河近くのマレコン通り沿いに行き、そこに集まった人々の中で、沈む夕日を眺めます。
 スマホが普及していないキューバでは夕方になると、ただ、話をするためだけに人々が川沿いに集まってくるそうです。そこには、東京で感じでいた競争相手同士の白々しさがない、血の通った人同士の交流がありました。

 世の中にはこういう人間関係がちゃんと存在する。
 
 それを肌で感じながら夕日を眺め、若林さんはキューバ旅行の最終日を終えます。

 そして、旅行からの帰りの飛行機の中、若林さんは帰りの飛行機で反芻します。そして、競争だらけの資本主義社会の中でも血の通った関係を結んだ人達が、自分には確かにいる。だから、やっぱり日本で、あの東京で、自分は生きていく。

 そう決意を新たにした若林さんは、再び日本の東京へと降り立ち、この話は幕を閉じるのでした。


 お恥ずかしながら私は、この結末に心の底から安心して涙が出ました。
 なぜなら、基本的には楽しく読んでいたのですが、あまりにもキューバにいる若林さんが普段よりもテンションが高くて楽しそうなので、読んでる途中から「芸人になって売れるという誰でも実現できる訳じゃない夢を叶えてもなお、若林さんにとって日本で生きるということは、そんなにつらくてつまらなかったのかな…」と、いちファンとして悲しくて寂しい気持ちになっていたからです。

 私はなんの趣味でも基本的には『その時の自分が一番楽しいと思える事を楽む』ということを最優先にしているので、大体3年ごとぐらいで一番好きな趣味も推しも替わっていきます。だから、今は若林さん(並びにオード―リー)は一番好きな芸人さんではないのですが、それでも好きな事には変わりなく、また、幸せでいて欲しいとも思っていました。

 なので、私は若林さんが頑張って仕事をしてくれた番組を見る事で笑って元気にしてもらったり幸せにしてもらったりしているのに、若林さんは日々辛い思いをしながら生きているのかな、本当は仕事も楽しい事より嫌なことや辛い事の方が多いのかな?と思うと、一方的に楽しませてもらっていることが無性に申し訳なくってしまったのです。
 また、いくら代金を払ったり、TVやラジオであれば感想をSNSに載せたりしてしてみても、そう言ったファンの応援ではフォローし切れないものが沢山あるんだなと、自分を無力にも思いました。

 しかし、この帰りの飛行機の中で「心を通わせた人達がいる」と言ってくれてホッとしました。若林さんが東京に戻って生きていきたいと思える様な人達が周りにちゃんといて安心したし、ファンである私が一方的に幸せを搾取しているのではなくて良かったという、身勝手な安心感も感じました。

 そして、この本の出版から5年経った現在。武道館ライブやご結婚など、大きなライフイベントを経た若林さんは、まだ「若手芸人」であった頃よりも楽しそうに、方の力を抜いてお仕事をされているように見えます。
 また、「しくじり学園お笑い研究部」の企画や「あちこちオードリー」を見ていると、自分の人生の宿命とも言える様な悩みを1つ乗り越えた若林さんは、自身が楽しく生きられるようになっただけではなく、今私が応援している様な若手芸人さんたちの悩みや苦しみにも、とても優しく暖かく答えて下さっているように思えるのです。

 とにもかくにも雑なまとめになりますが、推したちが幸せそうで私も嬉しいな、と思います。

 感想文と言うのは基本的には本を読了した方が読んでいるのだろうとは思いますが、もしまだ読んでいない方がいらっしゃたら、ぜひ、この本を手に取ってみていただきたいと思います。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 それでは、最後まで読んで下さってありがとうございました。
 拍手、コメント、星による評価などしていただけると大変励みになります。
 よろしければお気軽にお願いいたします。
 コメントはあまり厳しい事は言わないでいただけるとありがたいです 笑

 ではまた、次の感想文で。


◆若林さんの同期芸人さんの本◆
言い訳 ~関東芸人はなぜM-1で勝てないのか 塙 宣之(ナイツ) 聞き手:中川 計~

◆「エッセイ」の感想◆

◆ブログ更新の通知を受け取りたい方はこちら◆