◆本の概要◆
 「小説新潮」2018年7月号~2019年7月号、「Book Bang」2018年9月~2019年8月の間に掲載された同名の連載に、2編の書き下ろしを加えて再録したエッセイ本。
 ‪タイトルの通り、筆者の特に大きな事件の起きない日常の中で起こった出来事を、独自の目線から綴ったエピソードが収録されている。

◆著者情報◆
名      前:岩井 勇気(いわい ゆうき)
コンビ名:ハライチ(2005年結成)
相      方:澤部 佑(さわべ ゆう)
所      属:ワタナベエンターテインメント

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◆感想◆
①すっきり爽やかな読み味で、気軽に楽しめるエッセイ集。

 一口にエッセイと言っても、読み味は様々です。
 例えばかつて「人見知り芸人」として知られたオードリー・若林さんの著作「社会人大学人見知り学部卒業見込 」は、不器用で社会参加が下手な筆者の「自意識に関する悩み」を中心に書かれています。まるで私的な日記の様に綴られたこの本は、その分ありのままの若林さんの思想や感情が色濃く反映されていて、筆者と同じような気持ちを抱える人には非常に刺さる、ある種の「重さ」を感じます。

 一方、Hで下品で面白い…という、芸人さんによるエピソードトークのステレオタイプの1つを体現しているのが、さらば青春の光・森田さんの「メンタル童貞ロックンロール」です。
 こちらはほぼ全編筆者の体験した風俗もしくはコンパにまつわる話で構成されており、一般人…特に女性は経験することのない過激なエピソードが語られる興味深さもありつつ、良くも悪くもバカバカしくて笑える本です。
 この本を読んでも「森田哲矢」という人の本質は掴めないでしょうが、その分頭を空っぽにして楽しめるのがこの本の良い所です。

 この様に内容や文体、その他諸々から形作られる本の雰囲気というものは、筆者によって全く違ったものになります。そして、今回感想を書く「僕の人生には事件が起きない」は、とても爽やかですっきりとした読み味の、気軽に楽しめるエッセイだと思いました。


 筆者である岩井さんは、本書のP.29「自分の生い立ちを話せない訳」にて「自分の人生は全く波乱万丈じゃないから、バラエティ番組で求められる様な派手なエピソードトークができない」と言う趣旨の事を言っていました。
 なんでも、学生時代も充実していたし、芸人になってからも、プロとして食べていけるようになるために必要な努力はしていたものの、実家暮らしでほとんど下積み期間もなく売れたので、若手芸人によくある「お金がなくて水道も電気も止められた」とか「ご飯が買えなくてパンの耳ばかり食べていた」と言った苦労話がほとんど無いのだとか。

 そんな風に健やかに生きてきた岩井さんのエッセイに描かれているのは、芸人と言う職業からイメージされるよりも、もっと日常的で小さな出来事ばかりです。しかし、私はこの本を「興味深い」という意味でも「笑える」という意味でも、とても楽しく読ませていただきました。
 なぜなら、「事件」と言える様な大きな出来事は起こっていなくても、日常生活で起こる小さな出来事の切り取り方に、「岩井勇気」という人物自体の個性や面白みが確かに感じられたからです。

 中でも、岩井さんの「現実に自分の身に起きた出来事から、非現実的な妄想を繰り広げる」という特徴は、他のエッセイでは見かけた事の無い独特な面白さだと思いました。例えばその妄想力は、一本目の「メゾネットタイプの一人暮らしでの出来事」から遺憾なく発揮されています。
 
 完全にネタバレになりますが、それは、岩井さんが住んでいるメゾネットタイプのアパートの庭で起こった出来事です。岩井さんが住んでいる部屋の庭には、向かいにある墓地との敷地を隔てるためのブロック塀がありました。そのブロック塀には一部だけ塀が無い部分があり、その穴を塞ぐように枯れ木が生えていたのです。しかしある日、元々いつ崩れてもおかしくなかったその枯れ木が、大雨の影響でついに朽ち果ててしまいました。
 普通の人なら「ああ、木が崩れちゃったんだな」と思う程度の出来事ですが、岩井さんは違います。彼はそれを「墓地という霊界と、庭という人間界を隔てていた扉が開かれてしまった…こうなると霊界の門から霊たちが自分のメゾネットタイプの部屋に侵入してくるに違いない。」と捉え、その霊界の門を再び塞ぐべく、最終的にはわざわざスーパーで新たな木の種を買って来て植えたと言うのです。

 行動だけ見れば、「元々あった枯れ木がついに朽ち果てたので、代わりにまた別の種を植えた。」という特におかしな所のない普通の出来事です。
 しかし、なぜその行動をとったのか…元々植物が好きで、これを機に新しい木を育てたかったのか?それとも他人が墓地から自分の庭に簡単に入って来れるのが嫌だったのか?という「その行動を取った動機」の部分に、その人の個性というものが出て、また、そこに物語が生まれます。

 岩井さんの場合、「霊界と人間界を分かつ門を再び塞ぐため」といういかにもアニメ好きな岩井さんらしい非現実的な妄想に基づいた行動だと思うと、とてもおかしくて面白いと思いました。
 しかも、まだ実際に幽霊が自分の部屋に出た訳でも無ければ、そもそも岩井さんは今まで幽霊は見た事が無いので信じていないし、別に怖がりでもないと言います。それなのに、わざわざ木の種を自腹で買って庭に植え、しかも育てるというそこそこ面倒臭い行動に出る所が、ますます意味が分からなくて笑ってしまいました。

 他にも妄想系エピソードで言えば、

 ・ムンク展の「叫び」という絵画の行列に並ぶ自分とアイドルの握手会に並ぶオタクを重ね合わせてその気持ちに思いを馳せてみる。
 ・通販で買い物をして出た段ボール箱をカッターで切って処分する工程が、殺人犯が死体を切り刻んで処分する工程と似ている事に気づいて途中から殺人犯の気持ちになり切ってみる。

 …なんていう話もありました。

 そんな風に岩井さんは、なんて事のない出来事から様々な想像を膨らませて、日常を事実よりもちょっぴり面白く捉えなおし、楽しんでいきます。
 そこには、「社会人大学人見知り学部卒業見込 」に書かれている「ずっと自分の中で渦巻いている悩み」の様に、特定の読者に刺さる強い主張や感情もなければ、「メンタル童貞ロックンロール」の女遊びエピソードの様な芸人らしい…岩井さんの言葉をお借りする所の「あった事をそのまま話すだけで面白い」刺激的な出来事もありません。

 それでも、私たちとは違う人生を歩み、ちょっと変わった考え方を持った岩井さんの目を通して切り取られる風景は、クセがなく日常的で親しみやすい中にも、笑えたり、読者が思わずツッコみたくなる様なおかしな言動があったりして、とても面白かったです。


 岩井さんは本書のまえがきで「エッセイを書くことで、何にでも自分の視点を持てるようにはなった」と言っていました。
 岩井さんに限らず、私たちが一生の中で体験する出来事と言うのはどれも似たり寄ったりで、特別な体験に遭遇するなどという事は滅多にありません。そんな平凡な自分や他人の人生を、私たちはつい、つまらないものだと思ってしまいがちです。
 しかし似たり寄ったりな出来事の中に「自分なりの視点」を持つことによって、そこには一人一人違った意味や物語が生まれます。そうすることで、人生は自分だけの特別で楽しいものになる事。また私たちは、自分と他人の些細な違いにも実はとても興味があって、それを面白がる感性を持っているのだという事を、岩井さんはこの本を通してとても楽しく心地よく体験させて下さいました。

 「平凡な日常を楽しむ」。それは老若男女問わず誰にとっても身近なテーマであり、自分自身を慈しむ為にとても有効な視点だと思います。この本は、より自分の人生を楽しむ視点を手に入れる為のとても楽しいヒントになるのではないでしょうか。ぜひ、色んな人に手に取ってみていただきたいです。

②…なんて真面目に感想を書いてみましたが。
 そんなに小難しく考えなくても、普通に面白いので気軽に読んでみて欲しいな~と思います◎

 先ほど書いた様に「妄想系エピソード」も面白いのですが、他にも「『ショッピングモール満喫ツアー』の暗闇に潜む化け物」や「リアル型脱出ゲームで出会ったオタク」なんかは、話の規模こそ小さいもののこれこそ十分「起こった事をそのまま話すだけで面白い話」では!?と思いました。

 また、「仕方なく合った昔の同級生にイラつかされる」や「空虚な誕生日パーティーに”魚雷”を落とす」は、自分の考えがハッキリしていて、その上その考えに沿った言動をしっかりできる岩井さんの一面を垣間見る事ができます。個人的には「うおお…岩井さんカッコイイ…」となりました。また、色んな人が面白かったと言っている「あんかけラーメンの汁を持ち歩くと」ももちろんおすすめです。

 あと、お笑い好きとしてはやっぱり相方評・「澤部と僕と」も面白かったです。最近はアメト――ク!やゴッドタンなど色んなバラエティ番組で、芸人さん同士がお互いをどう見ているか話すのをよく目にしますが、相方から見た人物像と言うのはまた違った面白さがありますよね。
 私はハライチさんの事は深く知らない状態で読んだので、澤部さんの事も「明るくて好感度の高い何でもできる器用な芸人さん」という程度のイメージだったのですが、岩井さんのエッセイを読んで少し見方がかわりました。


 それと余談ですが、①ではあの様に書きましたが、このエッセイが面白いのは岩井さんの文章がお上手なのも確実に関係していると思います。
 そもそも芸人さんなので話を面白くする構成の仕方は既に身についていらっしゃたのでしょうけど、それにしてもスッキリと整頓されたとても読みやすい文章でした。
 ご本人曰く、このエッセイの連載が始まるまではあまり文章を書いた事が無かったそうなのですが、とてもそうとは思えませんでした。その辺りも、私が感じた「すっきりした読み味」の元なのだと思います。


 そんな訳で、芸人さんの本と言うとファンが読むものだと思うかもしれませんが、ファンじゃない人が読んでも面白いので興味のある方はぜひ読んでみて下さい!

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◆『エッセイ』の感想記事はこちら◆
宮下草薙の不毛なやりとり 著:宮下草薙 感想 ~ゆる~い雰囲気でクスッと笑える短編会話集。書籍オリジナル企画多数でお得感満載~
メンタル童貞ロックンロール 著:森田哲矢(さらば青春の光) 感想
このゴミは収集できません 著:滝沢秀一(マシンガンズ) 感想 …etc.

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