『著・現役漫才師 ナイツ塙』だからこそ、芸人ファンでも楽しく読める「熱い」漫才論



◆本の概要◆
 2018年のM-1グランプリで審査員を務めた、ナイツ・塙さんによる『M-1論』であり『漫才論』。副題の『関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』というテーマを通し、多数の芸人を具体例として挙げながら、大会の特徴や勝ち方について綴る。
 ちなみに、この本は集英社新書プラスでのインタビューを膨らませた内容になっている。

◆著者情報◆
名      前:塙 宣之(はなわ のぶゆき)
コンビ名:ナイツ(2001年結成。2000年説もある)
相      方:土屋 伸之(つちや のぶゆき)
デビュー:2000年
 浅草の寄席を中心に活躍する漫才コンビ・ナイツのボケ。ネタ作りを担当している。爆笑レッドカーペットで披露したヤホ―漫才をきっかけにブレイクし、M-1グランプリでは2008年から3年連続で決勝進出。
 また、2018年のM-1グランプリでは初審査員を務め、その的確でありながら愛のある審査が視聴者からも同業者である芸人からも好評を博した。


◆感想◆
①M-1グランプリ2018の塙さんの審査をより深く解説
 この本は、主に歴代M-1グランプリ出場芸人さんの漫才を例に「なぜ関東芸人はM-1で勝てないのか」について語った本です。中でも、塙さんが初審査員を務めたM-1グランプリ2018については、決勝進出した全コンビについて触れており、M-1 2018放送当時よりも、もう一歩詳しい講評を読むことができます。

 M-1は、決勝進出者や優勝者はもちろんのこと、誰が審査員を務めるかにも毎年強い関心が集まります。審査員はその年のチャンピオンを決め、芸人の人生を大きく変えるという重要な役割を担うからこそ、ある意味出場者以上の厳しい目を向けられる存在です。
 そんな中、塙さんはM-1 2018が初審査員であったにも関わらず、その審査ぶりは一般視聴者はもちろんのこと、同業者である芸人さんからも「言う事が的確で、なおかつ芸人愛を感じる」と好評を博しました。

 しかしながら、M-1は生放送という性質上各コンビへの講評を聞ける時間はごく僅かですし、一人の審査員から全組分の講評を聞くこともできません。また時間が限られているだけに、その内容も「横だけでなく、もっと縦の関係を意識して」や「強い弱いで言えば、圧倒的に強い二人がやっている」など、私の様な素人は聞いただけでは意味が的確に分からない様なコメントも多々ありました。私としてはせっかく色んな人から褒められている良い講評なのに、全員分詳しく聞けないのは少し物足りないと感じていた所だったので、この本でより詳しく解説されていたのは、正に願ったり叶ったりでした。

 中でもM-1 2018優勝者の霜降り明星については特に多く言及されており、最終投票で一票入れた決め手や霜降り明星の「強さ」についてなど、M-1から霜降り明星を好きになった身としてはぜひ知りたいと思っていたことが書いてあったので、読んでいて嬉しかったです。


 また、これはついでの話になりますが、この大会の後に色々あって話題になった上沼恵美子さんの審査についても、塙さんなりの見解が書かれていていました。
 当時私も上沼さんの審査については「確かに自分の感情が出過ぎてるようにも見えるけど、場を盛り上げる為かも知れないし、短いコメントだけでは真意は分からないしなぁ…」と、審査される側の芸人さんの悔しい気持ちと、周りからどう思われているにせよ真剣に審査員を全うしたのであろう上沼さんの気持ち両方を思うと複雑だったのですが、塙さんの「多分上沼さんはこう言いたかったんじゃないか」という一つの見方を読んだことで何となく得心がいきました。


 そんな訳で、塙さんによるM-1 2018についてのより詳しい講評に興味のある方や、M-1 2018決勝進出者に推し芸人さんがいた方は読んでみると面白いと思います。

②M-1をどんな大会と捉え、どのように見たら良いかが分かる
 M-1は毎年誰がチャンピオンになっても必ず議論が巻き起こります。特によしもとの芸人さんが優勝した時に、世間から「所詮よしもと贔屓の大会だ」という声が上がるのは、最早お約束の流れと言えるでしょう。そんな風に優勝者の妥当性について意見が分かれる理由は様々あると思いますが、結局の所「M-1がどんな漫才を評価する大会か」という基準について、まだ世間に共通認識が無いというのが一番の理由なのではないでしょうか。
 

 M-1が「その年の一番面白い漫才師を決める大会」である事は言うまでもない。
 では、一体どんな漫才がM-1における「一番面白い漫才」なのか?


 塙さんはこの本で「M-1はよしもと流しゃべくり漫才のトップを決める大会」であり「上手さよりも新しさが評価される大会」と分析しました。
 ではその分析にどれほどの信憑性があるのかという話なのですが、塙さんはその根拠として「そもそもM-1は吉本がお金を出して立ち上げ、吉本の所属芸人のために設えた発表会だ」という大会の成り立ちや、初代チャンピオンがしゃべくり漫才の名手である中川家であった事で、大会の方向性がある程度決まった事を挙げています。他にも、歴代チャンピオンの特徴、審査員の点数の付け方や講評内容など様々な要素を加味して語っているので、私は「なるほどな~!」といちいち納得しながら読んでいたし、かなり説得力があると感じました。


 話は変わりますが、M-1と言えば、出場する漫才師の方々はもちろんの事、応援するファンにとっても重要な大会です。なぜならM-1は正に「推しのプライドと人生がかかった一大イベント」。お笑い賞レースの中でも最も注目度が高く、優勝後の売れ方も他の大会とは桁違いです。芸人さんが売れる方法は数あれど、最も分かりやすく効果的な方法は、やはり「M-1優勝」だと思います。
 それだけに「M-1優勝」は推しが漫才師であれば必ず取って欲しいタイトルですが、一方、年に一度の大勝負で、必ず推しが優勝できる訳では無い事も当然承知していること…ならばせめて優勝者は誰もが納得する面白さであって欲しいと思うのが、ファン心というものではないでしょうか。

 とはいえ「どんな漫才が面白いか」は人それぞれのため、自分の基準でM-1を見ていると、どうしても大なり小なり審査員とのズレが生じてしまいます。推し芸人さんが決勝に行ったことのあるファンの方の中には、自分と審査員との感覚のズレから「なんでこんな奴らが良くてこのコンビはだめなんだ!」と、人を笑わせる「漫才」の大会を見ているのに、無益に怒りを感じてしまった経験がある人も多いのではないでしょうか。

 そんな時「M-1がどんな漫才を評価する大会か」が分かっていれば、悔しい思いこそすれど、自分の感覚と審査結果が違ったからと言って殊更イライラすることも無く、もっと冷静にM-1を楽しむことができるのではないかと思います。
 そういう意味で、この本は今までM-1の審査に納いかなかった人や、自分の感覚と審査員とのズレが理解できなかった人に読んでみてもらいたいと思います。塙さんの説が唯一解とは限らないかも知れませんが、それでも、今後M-1を見るに当たって、参考になるのではないかと思いました。

③芸人ファンこそ楽しく読める、実力派漫才師 ナイツ・塙さんによる「熱い」お笑い論
 この本はあまりにも面白い点が多すぎて、的を絞って感想を言うのが本当に難しいのですが、私がこの本を楽しめた理由としては、誰もがその実力を認める「現役漫才師・ナイツ塙」が語ったお笑い論だという所が、とても大きいと思います。

 世間には、この本以外にもお笑いについて書いている本というものが存在しています。しかし、Amazonで「お笑い 本」でざっと検索してみても、現役漫才師がお笑い論を展開した本は殆ど見かけません。

 例えば、どんな芸人のネタも広くチェックし、バラエティやラジオは一通り視聴し、あのネタが面白いだとか、あの芸人のバラエティでの立ち振る舞いが凄いだとかの話が大好きな生粋の「お笑いファン」であれば、筆者が誰であれ「お笑い論の本」と言われれば、読んでみようと思うのかも知れません。しかし、私はお笑いというジャンルそのものも好きですが、どちらかというとネタの面白さを入り口にして芸人さん自身を好きになり、その人を応援するという形でお笑いを楽しむ「芸人ファン」タイプです。

 なので、どこの誰かも分からない、どの程度お笑いについて語るに足る人なのかも分からない人が書いたお笑いの本があっても、申し訳ないのですがあまり興味をそそられないのです…。
 正直、どこの誰かもよく分からんお笑い評論家らしき人に好きな芸人さんが厳しく批評されてたら嫌だし、実際に芸人をやった事がある訳でもない人がお笑いを分析した所で、どれほど的を射たことが言えるのだろうとも思います。いかにもクソ女ファンっぽい意見かもしれませんが…。


 一方、この本を書いているの誰もが知っているナイツ・塙さんです。

 ナイツと言えば現役で活躍する漫才師です。盆暮れ正月GWと、どんな時期のネタ番組にもほぼ必ず出演するのは、業界からも世間からも認められているからこそだと思います。また、塙さんはナイツのネタ作りも担当していて、その上、この本が出版された2019年8月14日は、M-1 2018での塙さんの的確な審査員ぶりが、まだまだしっかり印象に残っている時期でした。


 M-1では合計3回決勝進出し、漫才師としても審査員としても認められた塙さんの考える漫才論とは?


 正直その辺のお笑い論の本より俄然興味が沸きますし、お笑いを語るに当たっての説得力が違います。
 また他の芸人さんについてどう思っているのかにもとても興味が沸きますし、好きな芸人さんが褒められていれば素直に嬉しく、ちょっと厳しい事を言われていたとしても「塙さんが言うのなら一理あるのかも…」と受け入れやすいです。


 そしてそんな説得力以上に、この本は漫才師でなければ込められない「熱さ」があります。だからこそ、芸人ファンである私はこの本にとても惹かれたのだと思います。
 塙さんはこの本のプロローグで、以下の様に語っていました。

  ・M-1が始まったのは二〇〇一年です。僕らがナイツを結成して間もないときでした。
 ・僕は、ただ、吐き出したいだけなのだと思います。この二〇年、(中略)目が覚めている間中、考え続けてきたことを。何を考え続けてきたか。
 どうしたらウケるか。
 この一点です。
 ・M-1は僕にとってトラウマ以外の何物でもありません。M-1決勝で計四本、ネタを披露したのですが、一度も「ウケた」という感触がなかったからです。
 ・だから、ずっと、考えてきました。どうしたらM-1の決勝でウケるのだろう、と。もう出られないのですが、今もつい考えてしまいます。それを考えることは、僕にとってどう生きるかという問題とほぼ同義なのです。

   (言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか より引用)

 コンビ結成と共にM-1が始まり、若手芸人としての青春をM-1と共に歩み、優勝こそできなかったものの、とっくに世間からも業界からも芸人仲間からも、漫才師として認められた。
 そうであるにも関わらず、出場資格を失った今でもなおM-1決勝でウケる方法を考え続けている。
 そして、2018年、今度は審査員として再びM-1に帰ってきた。

 そんな、「M-1当事者」として積み重ねてきた血、汗、涙、楽しさ、悔しさ、嬉しさ、考察、知略、努力、たくさんの経験と想いが滲み出ているからこそ、この本はただの漫才論の本ではなく、塙さんという人の漫才への熱さが垣間見える本として、こんなにも魅力的なのではないかと思います。

◆まとめ◆
  ①M-1グランプリ2018の塙さんの審査をより深く解説
  ②M-1をどんな大会と捉え、どのように見たら良いかが分かる
  ③芸人ファンこそ楽しく読める、実力派漫才師・ナイツ塙さんによる「熱い」お笑い論

 この3つの他にも、関西芸人と関東芸人の違いや、現在のバラエティの構造についてなど漫才以外のお笑いについて言及している部分も必見です。
 とにかくお笑い好きであれば、誰が読んでも面白い内容なので、ディープなお笑いファンから最近お笑いを好きになった人まで、色んな人におすすめしたい本だと思いました。


 と、いう訳で、感想は以上となります。
 もう読んだよという人には「こんな感想の人がいるんだな~」と楽しんでいただけていれば幸いですし、まだ読んでいないよという人には「読んでみようかな~」と思っていただけていれば幸いです。

 それでは、失礼します…。



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